創造論


前回に引き続いて「恐竜と共存した古代高度文明人」という話です。



恐竜は今からおよそ2億5千万年前から6千5百万年前にかけての中生代と呼ばれる時代に存在していた、という説が一般です。


一方、人類の誕生は約5百万年前という説が一般です。
そうすると、恐竜と人類の間には、6千万年以上もの時間的隙間があります。
それをもって、両者が共存することはあり得ない、という人が多いと思います。


しかし両者の間に横たわるこの6千万年以上もの時空を埋めてしまう説があります。
今回は、それを少し紹介しようと思います。


今回も浅川嘉富さんの「恐竜と共に滅びた文明」を参考にさせていただきながら、勝手にまとめていきたいと思いますm(__)m




前回紹介した「アカンバロの恐竜土偶」の制作年代は約3千6百年前。「イカの石」は約1万2千年前。
両者の時代ともに、とても恐竜と人が共存していたとは考えづらい年代です。


現代の人々が、恐竜の存在を知るようになったのは1842年。僅か169前のことです。
つまり、それ以前の人類は恐竜の姿など見たこともなく、想像したことすらなかったはずです。
それにも関わらず、なぜ遥か昔の人々は見たこともないはずの恐竜を、あれほど精巧に作り、描くことができたのでしょうか?


あれほど精巧に作り、描写するには、実際実物を見ない限り出来得るものではありません。
だとすれば、やはり実際に恐竜を見た人が土偶を作り、石に絵を刻んだと考える方が妥当です。
とすると、アカンバロの土偶を作った人々でいえば3千6百年前、イカの石の時代では1万2千年前の人々が、6千5百万年前に絶滅したとされる恐竜を見ていた、ということになります。


一見、突拍子もないと説と思われるかも知れませんが、実際に恐竜は数万年前から、近くは数千年前まで生き延びていた、或いはつい最近まで生き延びていたのではないか、と思われる事象がいくつもあるのだそうです。


例えば、夥しい数の恐竜土偶が発見されたアカンバロ付近では「化石になっていない恐竜の骨」が、人の骨と一緒に発掘されることがあるそうです。
もし、恐竜が本当に6千5百万年前に絶滅したのならば、骨が化石化されずに残ることはあり得ません。


また、1982年アフリカのサハラ砂漠の外れで、やはり化石化されていない恐竜全体の「遺骸」が発見されています。
化石化されていないため「恐竜の化石」とは呼べず「遺骸」と呼んでいることに驚きを覚えてしまいます。
この遺骸は1万年~7万年前のものだという分析結果が出ています。


また、1990年アメリカで発見されたティラノサウルスの化石は、脚の一部がまだ化石化しておらず、しかもまだ恐竜の血液が残っていて、その中からヘモグロビンというタンパク質が検出されたのです。
タンパク質が検出されたということは、骨がまだ鮮度を保っていた証拠になるそうで、少なくとも数千年前まで、このティラノサウルスが生きていた(!)ことを示しているのです。


1977年、日本の漁船がニュージーランド沖で、死後何日か経過した首長竜と思しき死骸を引き揚げました。
その後、死骸を海へ捨ててしまいましたが、その一部の鬚と思われるものを持ち帰ったところ、鮫の一種(ウバザメ)との結果が出たと報道されました。
しかし、写真を見る限り鮫の一種などではなく、明らかに首長竜の形をしています。
遺骸を引き揚げた船員たちのスケッチには、ウバザメには無い大きな足ヒレが描かれていたのです。



このように、いろいろと示される事象によって、6千5百万年前に滅んだとされる恐竜が、実は数千年くらい前まで生き残っていて、人類と共存していた時代があったのではないか、という可能性を頭から否定するのが決して賢明でないことが分かっていただけると思います。



さて、パラクシー川流域から発見される恐竜や人間の足跡は「創造論証拠博物館」という施設に保管されています。
この博物館は「万物は旧約聖書『創世記』に書かれた通りに創造された」と信じるキリスト教の創造論者の人たちによって運営されています。


この人たちは、天体衝突、地殻変動、地軸移動、大気激変、大洪水など、さまざまな地球的規模のカタストロフィーが、過去において繰り返し発生しているという「動的自然観」に立っています。


一方、進化論地質学は、地質現象は、極めて長大な時間の経過の中で緩慢に行われてきており、その間にカタストロフィーなどの劇的な変化は起きていないという「静的自然観」に立った考えです。
それ故、地層や化石は例外なく、数千万年、数億年といった長い時間をかけて形成された、としています。
ダーウィン進化論は、もともとこの長大な時間尺度を土台に立てられた仮説です。
自然の法則は過去・現在を通じて不変であり、過去の地質現象は現在の自然現象の注意深い観測によって知ることができる、という説を「斉一説」と呼びます。


反対に「創造論」は過去に幾度かの大洪水や大地殻変動が起こり、それによって地層も化石も「一時」で形成された「激変説」に立脚しており、斉一説や進化論を主張する人のような長い歳月は必要ない、という考えが基本にあります。



パラクシー川一帯で発掘される恐竜や人間の足跡は、中生代白亜紀の石灰岩層から採取されたもののため、その時代に人間の足跡が残されるはずがないと、生物学者や考古学者から無視されてきました。
しかし創造論に立脚した科学者のカール・E・ボウ博士を中心とした発掘調査隊の方たちは、そんな状況下でも、精力的に発掘に取り組んでいました。
なぜならパラクシー川流域の白亜紀の地層から発見された恐竜と人間の足跡が本物だと立証できれば、恐竜と人間との間に存在する2億5千万年の長大な年代は、一気に短縮されてしまうからです。


創造論者の科学者たちは、発掘される恐竜や人間の足跡が本物であることを認めてもらうため、創造論科学者だけでなく、一般の科学者やマスコミに対して、一緒に発掘に参加してほしいと積極的にアプローチします。
当然、ほとんどの科学者が無視しますが、幸い、何人かの権威ある科学者数名が、発掘に参加することを表明してくれました。
中でもクリフォード・ウィルソン博士はアメリカ・オリエント学会の下で、イスラエル遺跡発掘調査の監督官を務め、正統派学会からもその実績が高く評価されているため、彼の参加によって発掘調査はかなり好意的に受け入れられることになりました。


そして参加したウィルソン博士が、テレビカメラをかまえたマスコミの前で、典型的なティラノサウルスの足跡を発見するのです。
しかもその直後、恐竜の足跡からほんの20センチ離れた所から、完全な形をした人間の足跡を発見できたのです。
この人間の足跡のサイズは何と40センチとかなり大きいですが、この辺りで発見される足跡の中では標準的なサイズだそうです‥。
この足跡から身長を推測すると、2.5m~3mで、現代人より遥かに長身だったようです。(実際、最近世界中で巨人と思しき人間の骨が発見されています。その中にはなんと身長10メートルほどの人骨もあるのです。)


この人間の足跡が、ティラノサウルスとまったく同一の地層上、それも僅か20センチしか離れていない所にあったということは、両者が同じ時代に生きていたどころか、急速に固まりつつあった石灰質層の上を、『同じ日』に駆け抜けていたことを示していました。


この発掘は、マスコミの目の前で、参加してくれた科学者自身が行っており、捏造の疑いは皆無であったので、このニュースは世界中で非常な驚きをもって報道されました。


他の発掘チームからも、恐竜と人間の同一地層上での足跡化石の発見が相次ぎます。
中には親指とそれに向き合う4本の指が揃った「人間の右手の跡」が見つかった例もありました。
発掘に参加し、自らも人間の足跡痕を発見したヒルトン・ヒンダーライター博士は

『人間と恐竜の足跡が一緒に発見されたことは、種の起源に関するすべての考古学的発掘調査の歴史において比類のない意義を持つものと判断します。これは少なくとも7千万年分の「地質学的時刻表」が、そもそも存在しなかったことを示しているのです。時刻表のうち、このような主要部分が虚構だったという認識は、ほかの「地質学年代」の信憑性をも疑問視させることになるので、さらに反響を呼び起こすことでしょう。
進化論は地質学的時刻表と広範に絡みあっているので、この発見で進化論は混乱の渦中に置かれるのです。』

と述べています。



その後もボウ博士は、大発見を続けました。
1984年8月、恐竜の化石ではなく「骨」を発見するのです。
やはりテレビカメラの前で4mの脊椎骨をはじめ、9本の鉤爪の先端、2本の大腿骨、1mを超える腸骨を採集したのです。
これは先に紹介したアカンバロで発見された「化石化していない恐竜の骨」を裏付ける大発見でもありました。本当に恐竜が6千5百万年前に絶滅していたとしたら、恐竜の骨が化石化せずに発掘されることはあり得ないからです。
恐竜の化石と骨が同一地層から見つかったパラクシー川一帯は、大洪水などで石灰質の土砂層が一気に敷き詰められたことを意味しているのです。


さらに、恐竜の骨が発見された白亜紀の石灰岩層と泥灰土層の間から、明らかに人間のものである無傷の髪の毛(!)も発見されています。
これは、白亜紀の地層は正統派学者が主張するように、1億年前の太古の時代に形成されたものではない、ということを如実に告げています。
数千万年もの長い間、人間の毛髪が「無酸素状態」の中で無傷のまま残るということはあり得ないからです。
その他にも、パラクシー川流域では、人間の歯や、人間の指の化石も見つかっているのです‥。




以上、長くなってしまいましたが、これでもざっと紹介しました‥。


以上のことからも、人間は恐竜と共存した時代が確かにあったことが分かります。
地質学も、進化論者の唱えるような長大な時間を経て堆積されたものではなく、大カタストロフィーによって急激に堆積した地層が存在することが判ります。
すると、これまで定説とされてきた恐竜が滅んだとされる6千5百万年前という地質年代の解釈も、実はあてならないものであるということが、判っていただけると思います。


どうやら、今まで常識とされてきた考古学や地質学、生物学や人類史など、すべての学説や歴史は、新しく書き換えられるべき転換期を迎えているようです。


大天変地異によって滅んだ過去の文明から学ぶべきことは、きっとたくさんあるはずでしょう‥。
過去の高度文明など存在するはずはない、天変地異などが起こるはずがない、目に見えない神霊などいるはずがない‥と、否定的に捉えるよりは、もしかしたらあるのかも知れない、存在したかも知れない‥と考え、謙虚に研究した方がよほど進歩的のように思えます。



「歴史は繰り返す」といわれていますが、ひとまず先入観を置いといて、過去の文明を滅亡に導いた原因が何であったのかを考えることは、いま私たちには必要であると思えてなりません。


何故なら、パラクシー川流域の古代人やイカの石に絵を刻んだ古代人たちが大天変地異によって滅んでしまったように、高度文明と呼ばれる現代物質文明も、いま終焉を迎えようとしているからです。


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