君子・小人


早いもので、今年も師走を迎え、忘年会シーズンになりました。
わたしは先週、早くも一発目の忘年会がありましたが、結構荒れ気味の忘年会になりました(^_^;)
わたしは幹事でしたので、あまり飲まないように気を付けていましたが、周りは侃々諤々の様を呈していました。
口角泡を飛ばし議論する人、延々と説教を垂れる人、泣き出す人、誰かれ構わずやたら抱きついてくる人‥。


皆さん、ストレス、溜まってるんですね~っ‥。
かく言うわたしも人様の批評など偉そうに語ってしまいましたが、やはり品格のある人はいるもので、話の内容が批判的になってもそれには一切釣られずに、批判・批評めいたことを一切口にしない方がいました。
その方は実は、以前わたしが交番のお巡りさんとバトルした時止めてくれた方なのですが、今回も(‥やはり霊格の高い人は違うな~)と改めて感じ入りました。
その方とお話しする中で、相手に気付かれないようなサービスを常に心掛けている、ということをお聞きしました。
その方は工務店の社長さんにして、自らも腕の立つ大工さん。常に人の目に付かないようなところまでしっかりと気を使い、お金にしても利益より信用を第一に考える昔堅気の人。
どっしりと落ち着いた雰囲気に、ニコニコ穏和な笑みをたたえています。
その至誠と人柄ゆえか、この不況の中にあっても仕事の切れ目なく、繁盛しているのも頷けます。
「わたしが大事に思うのは思いやり。それは人に気付かれようが気付かれまいが、関係ないんだよ‥」
静かに語る言葉には、確信に満ちた説得力がありました。


人に気付かれない徳を重ねることは、仏教の教えの「陰徳を積む」ということに通じます。
そしてそれは利他愛に通じ、ひいては人の信用を得ることにも繋がります。
陽明学者の熊澤蕃山は「君子・小人」の中で


『君子の意志は、内に向かう。
己一人知る所を慎んで、人に知られんことを求めず、天地神明と交わる。
その人柄、光風霽月の如し。』


と説きました。


『人を相手にせず天を相手にせよ。天を相手にして己を尽くし、人を咎めず。我が誠の足らざるを尋ねみよ。』

とおっしゃられた西郷南洲。
そして

『祈るときは、偽善者のように人前で祈るな。むしろ人に隠れて、見られないようにして祈りなさい。』

と説かれたイエス様の箴言にも通じるものがあります。


とかく人間は、いいことをしたら他人様に見てもらいたい、知ってもらいたいものです。
中には人目のある所では善行を為し、人目のない所では悪行を為す人もいます。

人目に付かぬ善行を積み重ねるその方の人柄は「光風霽月の如し」のようにどこか超越的で、霊性の高さがにじみ出ているようです‥。
対してわたくしは、蕃山翁が語る小人の如し、です‥。

『小人は己あることを知って、人ある事を知らず。
己に利あれば人を傷なう事をも顧みず。
近きは身を亡ぼし、遠きは家を亡ぼす。
自慢して才覚なりと思える所の者これなり。愚これより甚だしきはなし。』


人ばかり相手にして天を見ようとしない己を猛省します‥。

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