産経新聞をやめて


以前の記事に書きましたように産経新聞をやめ、とりあえず毎日新聞にしてみました。
ことあるごとに原発停止は無責任だと言い放ち、原発推進の論調を展開することに反抗してのことです。


一体どっちが無責任なんでしょうか‥。原発停止によって国際競争力が低下するとばかり訴え続ける産経新聞は、金(経済)主体でしか物事を考えられません。
あの悲惨な事故を報道しておきながら、子供たちの未来や日本の未来、地球環境の未来のことを、人間の良心に従って考える気持ちは微塵もありません。
金が儲かりさえすれば、子孫が繁栄すると思っています。
ましてや目に見えない神の警告‥、などとは考えもしません。
保守などと謳いつつ、実は唯物思想に毒され、凝り固まった物金人間の典型でしかありません。
こういう人間たちが新聞・TVを使って世の中を導いているのが現代唯物文明であり、そこに霊的智性は皆無です。


感情的、ヒステリックになりすぎなんじゃない?とも思われるかも知れませんが、人類の行く末を考えた時に、この感情を無視はできない!と考えてしまいます。


「原発は地球、人類にとって危険ではないだろうか?
安全対策は大丈夫なのだろうか?
放射能廃棄物の問題はどうなのだろうか?」と考える人は、事故以前ほとんどいなかったでしょう。
一部の心ある専門家やジャーナリスト、反原発活動家くらいだったのではないでしょうか?
もちろんわたしも同じようなものです。平井憲男さんの『原発がどんなものか知ってほしい』を読んでショックを受け、原発の危機を憂慮しながらも、拡散運動などもしていませんでした。
今回、その憂慮されていたことが現実に起こってしまいました。
人間が勝手に作って、勝手に事故を起こし、人間だけが勝手に滅ぶのならいいでしょうが、人間には創ることのできない自然界を汚し、破壊しかねない重大事故が起きたのです。


人間は、地球・大自然界によって育まれ、生存を許されている存在に過ぎません。
神様はいい加減、人間にそれを気付かせようとしているのです。
大震災、原発事故を通し、神様・地球からのメッセージの意味を考えていかなければ、取り返しのつかないことになりかねません。
なにしろ神様・地球の怒りは、恐ろしい大災害を伴って人類に襲いかかって来るのですから‥。


私たち人間は、ただ生きているのではなく、神様の創り給うた自然界によって生存を許され、生かされていることを忘れず「謙虚に畏敬の念を払って、自然との共存を考えていかなければならない」のです。


節電意識を持って、地球環境と人類の未来のことを第一に考え、日本人の叡知を結集して、火力・原子力に代わるクリーンエネルギーの開発を国是として推進する時、必ず天からの閃きが与えられるはずだと信じます。


意識の大転換を迫られている私たちが、もし今後も原発を推し進めるのであるとすれば、それこそ子供や子孫に対して無責任だし、神と自然の怒りによって唯物文明とともに滅び去ってしまうことになるでしょう‥。
仮にわたしが神であれば、「まだわからんか!」と第二・第三の原発事故で気付かせるでしょう‥。
もしそうなれば、復興どころではありません。
日本は二度と立ち直れなくなってしまうでしょう。


神様が人間に原子力の開発を許されたのは、人類の科学の発達はもとより、神様の警告に耳を傾けない場合、開発した核兵器や放射能によって人類を滅ぼすために開発を許されたのです。


今日の報道では、野田首相と関係閣僚三人は、停止中の大飯原発について、「政府として原発の安全性を確認した後、再稼働を関西電力に要請することになる」ということです。


原発の安全性…?
今のところそんなのないでしょうにねえ‥。
指導者層など、上からの意識転換は期待できるはずもなく、やはり大衆からの意識転換、下から潮流を一刻も早く作っていかなければならないようです。

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