人は等しく神の子


遥か12000年前、太平洋上に存在していたといわれる伝説のムー陸。
そのムー帝国の宗教教義の原典は『聖なる霊感の書』と呼ばれています。
古代人の霊的叡知が集約されたこの書は、ジェームズ・チャーチワードの心血を注いだ研究によりその一部が明らかにされています。
その教義の中に

『人間は創造主が創り給うたそのときから特殊な存在で、いわば創造主の分身ともいうべきものである』

とあります。
これは日本の古神道の教えと共通していて、古神道によれば神は人を創造されるに当たって、ご自身の姿に似せて人を創られた、と明記されています。
さらに神はご自身の霊質を引きちぎられ、全ての人に神性を附与されています。


この記述から見れば、人は進化論のように動物から長い時を経て人に進化したのではなく、創られた当初から神様の神性を分け与えられた分身であり、正に「神の子」であったことが判ります。
現代の学者や教師が唱えるような「人類の先祖は猿だった」という進化論は、神と人とを断絶させる唯物思想の害毒でしかありません。


この地上に人として生を受けた誰もが有する尊い神性。
世界中の人類は創造主のみ前に等しく神の子です。
そこに人種や貧富、貴賤の別はありません。


《人はみな等しい神の子》

これは神の創造の掟からくる真理であって、創られた人間が立ち入ることのできない天の法です。
様々な差別というものは、神を忘却し否定した、物質のみに囚われた人間たちが勝手に作り出したものでしかありません。
差別の思いが起こること自体、自分が唯物思想に囚われている証左であるとも言えます。


『われ神の子なり。汝等神の子なり』


と説いたイエス様の教えは、この人類創造の真理を達観された神のみ遣いの言葉です。


「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい。」


「誰でも兄弟の悪口を言う者は、地獄に投げ入れられるであろう。」


「人を裁くな。自分が裁かれないためである。あなたが裁くその裁きで、自分も裁かれる。」


「許しなさい。あなたが人々の過ちを許すならば、天の父もあなたを許して下さるであろう。」


尊い神の霊質を兼ね備えた人同士が裁き合い、批判し合い、傷つけ合い殺し合うことは、その人の神性を否定し、究極は親である神を冒涜することに他なりません。


イエス様は神を裁くことに繋がるその行為の愚かさを、ことあるごとに戒められました。
‥この辺りの教えはわたし自身も、余っ程、肝に銘じなければなりません(汗)。


他人を裁けば自分も神に裁かれる。
神の神性を有したすべての人同士が、対立・批判し合うことから脱却するには、お互い同士が等しい神の子であることを悟ることが必要でしょう。


神の子人同士が、お互い仲良く慈しみ合い、尊び合うことができる人が地上に増えたときこそ、人類は神の大いなる祝福を賜わることが許されるでしょう。



物・金・自分主体で神霊を忘れ去った現代人。
それは自分の親を否定する、天にツバする行為に等しいのではないでしょうか?


ムーの聖典は遥かな時空を超えて、神が現代人に与えた「警告の書」でもあるようです。

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