神の救いと神への恩


神様は時に大いなる奇跡を起こし、誰が本当の創造神であるかを人々に判らせます。


今、巷に溢れかえる様々な神々様。
どれが偽でどれが真か。



文明の大転換期を迎え、神に仕えるか否かを厳しく峻別されている今の時代ほど、人間の判断力が大いに試されている時代はないでしょう。



しかしやがて神の時が至った時、真の創造主たる神の力が、誰の目にも明らかにされる日が、そう遠くない日に来るでしょう。


それは洋の東西、時代を問わず、聖書、経文、神示と言われる全ての聖典が、それを宣言しています。




しかし人間というものは、真の神様を知り、真の神様から救いの奇跡を頂き、心から神様に感謝しても、時とともに神様に対しての「恩」を忘れ去ってしまう、哀しい生き物のようです。



旧約聖書の「出エジプト記」を読むと、そんな人間の忘恩癖が随所に現れ、読むうちに何だか少し哀しくなってしまいます‥。


かく偉そうに語るわたしも、恩を忘れ去るのが常の至らぬ身‥。


今日は反省する意味も込めて、少し出エジプト記を反芻したいと思います。






エジプトの奴隷として苦役に喘ぐヘブライ人(ユダヤ人)の永きに亘る祈りを聞き遂げた神は、ヘブライ人をエジプトから解放し、約束の地カナン(イスラエル)に導くため、モーゼを遣わします。


モーゼは神の命ずるまま、奴隷だったヘブライ人をエジプトから救い出し、カナンの地へと導こうとしますが、エジプトの王パロはヘブライ人を解放しようとせず心を頑なにします。
そのたびに神はモーゼを通し、恐るべき業をもってエジプトを撃ちます。


その奇跡の数々は「出エジプト記」に詳しいですが、神がモーゼをして行った数々の奇跡は、天地創造の神が誰であるかを人間に判らせるためでもありました。


その頃エジプトでは偶像信仰が横行し、絶対神ヤハエを信仰していたヘブライ人たちの中でも偶像信仰に走る者たちもいたのです。


そこで主は、わざとパロの心を幾度も頑なにして、そのたび大いなる奇跡を民衆に見せました。
ある時はナイル川を赤い血に染め、ある時は疫病をエジプト人に蔓延させ、またある時は巨大な雷と雹をエジプト中に降らせます。
ついにはエジプト中の幼い男児を亡きものにまでしてしまわれます。


これは、かつてのエジプト王が、奴隷であるヘブライ人の人口が夥しくなり、勢力が拡大していくのを恐れて、ヘブライ人の新生児の男子を皆殺したことに対する報いでした。
人々は因果応報の法則があることを思い知ったことでしょう‥。
この報いによって、王パロも幼ない長子を失い、ヘブライ人を解放することを認めたのです‥。



しかし神の起こされた数々のしるしの中でも最大のものと言えば、何といっても映画「十戒」でも有名な海を割った奇跡でしょう!


ようやくエジプトから脱出したモーゼとヘブライ人は、海の前で宿営します。
そこへ一旦はエジプトから去る事を許したパロがまたも心を豹変させ、ヘブライ人を殺すべく追いかけて来ます。


烈火の如く雪崩れ込むエジプトの軍勢。
それを見たヘブライ人たちは動揺し、恐るべき業で奴隷から解放して下さった神様とモーゼに対して詰め寄るのです。

「こんな所で私たちを死なせるために導き出したのですか!こんな所で死ぬのなら、まだエジプト人に仕える方が良かった!」と‥。

神の大いなる奇跡の数々で救っていただいたにも関わらず、まぁ‥人間とは困ったものですね~。


しかし神様は猛烈な東風をゴォ~ッ!!と吹かせ、何と海を左右に退かせてしまいます!!!


奇跡の大スペクタル!
海をも割ってしまう神の大いなる業‥。


これを実際に目の前で見せられたら、どんなでしょうね!?
よもや創造主を疑う人はいないでしょう。


ヘブライ人は陸地になった海底を進み、エジプト人の手から逃れることが出来ました。


この大奇跡を目の当たりにしたヘブライ人、そしてエジプト人も、創造主の偉大さを強く焼き付け、この神こそ、真の創造主であると堅く信じたことでしょう‥。
ヘブライ人はこの奇跡に、創造主たる神を褒め称える唄を歌い、ようやく永い奴隷生活から解放された事を歓び合いました。



しかしその後、荒野を漂うことになったヘブライ人たちは、さっそく神様とモーゼに詰め寄ります。

「水が飲みたい。あなたは私たちをエジプトから導き出して、渇きによって死なせようとするのですか!」

と。
あ~、やだやだ‥。


神はモーゼに命じ、杖で岩を打たせると、岩から水が湧き出て、人々の渇きを癒しました。


またある時は

「肉を食べたい。われわれはエジプトで肉を食べ、パンを食べていた時死んでいたらよかった。あなたは我々を荒野に導き出して、餓死させようというのですか!」

と詰め寄ります。
「いい加減にせんか!!」と、モーゼならずとも言いたくなってしまいますね‥。


すると夕方には、うずらの大群が飛んで来て人々は肉を食することが出来ました。
そして朝になると、露が宿営を覆い、何とその露が乾くとウロコのようになり、パンのように食することが出来たのです。


これが有名な『マナ』です。


ヘブライ人たちは、カナンに着くまでの四十年間、このマナを食しました。
正しく、ヘブライ人の命を繋ぐために神が与え下さった聖なる食べ物がマナなのです。


そしてこの時モーゼは、恵みを下さった神様へ感謝の証として、一つの壺を取り、そのマナを壺の中へ入れ、それを『証の箱』の前に置いて祀りました。


これが有名な『マンナの壺』となります。


現在も、ユダヤ人始め世界中の人々が探し求めている人類の神宝『マンナの壺』は、ユダヤ十二支族離散の直前、神の神託を受けた預言者によってシルクロードを経由して海を渡り、日本の美保の関に到着しました。
その後元伊勢・丹波に祀られた後、現在は伊勢外宮の御神体となっています。


ここにユダヤ民族と日本民族の知られざる因縁の一端が垣間見えます。



さて、神の山ホレブ(シナイ山)までたどり着いたモーゼたちは、また神の恐るべき業を見ることになります。
全山雲に包まれ、激しい雷鳴が轟き渡ります。
神の命でモーゼだけ山に登り、神の示す掟『十戒』を賜わるべく、モーゼは40日間、飲まず食わずで身を清めます。
しかし麓のヘブライ人たちは、モーゼがなかなか降りてこないのを不審に思い、「モーゼは死んだのだろう。さあ、私たちは新しい神を鋳て造り、それを祀ろう!」と恐るべき行動を取り始めるのです‥!

あ~恐ろしや‥。


さすがの神も激しい怒りを発し、モーゼも急いで下山します。
鋳物の偶像を新しい神として祀っている民に、モーゼは神から賜わったばかりの『十戒』が刻まれた石板を叩き割って怒ります。


そりゃそ~だ~ね‥。
そりゃ怒りますよ、誰だって。これこそ正に恩知らずですよ‥。



さすがの神もお怒りになりますが、そのたびモーゼは民に神の教えを繰り返し繰り返し説きます。
まるで赤子を育てるように、民の信仰心を我慢強く育てて行きます。


この後、神の民「レビ人」の起こした反乱により、これまで民を率いてきたモーゼはカナンの地に入ることは叶わず、神はモーゼの代わりにヨシュアを立て、ヘブライ人をカナンに導かれたのです。



モーゼはその後、百二十歳の生涯を閉じ、ネボ谷に葬られた、と書かれています。


果たしてモーゼは本当に死んだのかどうか‥?


一説にはモーゼはこの後も神の教えを更に研鑽し、世界を巡られ、ローマに赴いて国を築いた‥という説も存在しますが、このモーゼの生涯の謎も、やがて明らかにされていくでしょう。
なぜなら世界平和実現のためには、これまで嘘・偽りに塗り固められていた歴史ではない真実の歴史が白日のもとに曝されなくてはならないからです。


その日が来たら、人類は神の前に皆等しい兄弟であることに魂から気付くでしょう。





出エジプト記を読むと、わたしたち人間は、神の奇跡を見てもなお、生への欲求を求め、そのためには神への恩を忘却し、信仰までをサラッと捨て去ってしまう生き物だと気付かされます。


神はそのことを判った上でいつも人間を試されています。
モーゼはヘブライ人の前から去る前の最後の教えの中で、


『主はあなたがたが心を尽くし、精神を尽くして、あなたがたの神、主を愛するかどうかを知ろうと、あなたがたを試みられる。
人がその子を訓練するように、あなたの神、主もあなたを訓練されることを心にとめなければならない。
あなたの神、主の命令を守り、その道に歩んで、主を恐れなければならない』


とおっしゃられています。

「汝等、肉に生きず霊に生きよ」という言葉は深遠です。


わたしたちは、常日頃から霊的な物の見方、考え方を養っていかなければならないでしょう。
さもなくば、わたしたちも分からず屋のヘブライ人のように、創造主たる真の神様、そしてこれから出現されるであろう救世主を困らせる存在になってしまうでしょう。


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